東京と三多摩平和運動センター共催「沖縄慰霊の日ツアー」報告~沖縄戦の実相を知る、沖縄の今に触れる旅~

 6月21日~23日、東京平和運動センターと三多摩平和運動センターの共催による「沖縄慰霊の日ツアー」が、事務局を含め19名の参加者で実施されました。21日に午前羽田発の飛行機で那覇に入り、沖縄平和運動センター岸本事務局長の案内で、ひめゆりなど学徒動員された若者たちの足跡をたどりました。ひめゆりの塔や魂魄の塔を経て「ひめゆり散華の地」である荒崎海岸を訪れました。ごつごつした石灰岩の岩場を歩くと、戦場に放り出されて逃げ惑った挙句、命を落とした少女たちの無念を思うと同時に「尊い犠牲」などという言葉で「美化」してはならないと感じました。

 二日目は、「沖縄の米軍基地」をメインテーマに見学を進めました。初めに浦添市の西海岸では、那覇軍港の移転先になっている美しい海岸を見ました。この美ら海が、またしても米軍のために埋め立てられてしまうのかと思うとやり場のない怒りがわいてきます。那覇軍港の移設は、辺野古と同じように「県知事の埋め立て承認」問題が浮上することになり、今後の沖縄の闘いに大きな影響があるとのことです。

 続いて、北谷町の砂辺馬場公園にある米軍上陸地点モニュメントを訪れ、続いて「道の駅かでな」の展望台から、嘉手納飛行場を見ました。滑走路では、戦闘機と輸送機がタッチアンドゴーを繰り返しあたりに轟音をとどろかせていました。

 返還前に、県民の怒りが爆発した「コザ暴動」の旧コザ市(現沖縄市)を通過して、普天間飛行場を望む嘉数高台公園に向かい、展望台から普天間飛行場と、飛行場を取り巻く市街地の様子を見学しました。飛行場には、すでに生産中止が決まっているオスプレイが9機ほど駐機していました。

 三日目「沖縄慰霊の日」当日、県庁前からシャトルバスに乗車して摩文仁の丘のふもとにある平和祈念公園に向かいます。到着後、まず摩文仁の丘に登り「黎明の塔」や「国立戦没者墓苑」、各県の慰霊塔をめぐった後、平和祈念資料館を見学してから「追悼式典」に、テントの外から参加しました。時報に合わせた黙祷の後、小学生の合唱をバックに献花が行われました。玉城デニー知事の「平和宣言」では、世界平和に貢献する決意と、戦後100年を目指してのビジョン策定が表明されました。

 今年の「平和の詩」朗読は、中学2年生の亀谷琉奈さんの「行きたいと願った証」でした。詩の内容に加えて、原稿に視線を落とすことなくまっすぐ前を向いて朗読する亀谷さんの姿は、とても感動的なものでした。

 台湾有事を煽り、沖縄・先島諸島の軍備強化を進める高市首相の通り一遍の挨拶に対し、会場から「戦争反対」「憲法守れ」のヤジが飛び交いました。ヤジには批判もあるものの、式典後「日本は戦争していません」と反論した高市首相に対しても「見当違いの反論だ」と非難の声が上がっています。式典の終了後、沖縄慰霊の日ツアー参加者はシャトルバスで那覇市の県庁前に戻り、三日間の行程を無事終えました。