被爆80周年原水禁世界大会広島大会が開催される

 8月4日から3日間の日程で「被爆80周年原水爆禁止世界大会広島大会」が開催されました。東京平和運動センターは、三多摩平和運動センターの参加者を含み総計199名での参加となりました。

 原爆資料館前での独自集会のあと、参加者は開会総会の開かれる県立総合体育館グリーンアリーナまで折鶴平和行進を行い「核兵器廃絶」「核も戦争もない世界」の実現を訴えました。

 グリーンアリーナのロビーには丸木位里・俊夫妻の「原爆の図第1部『幽霊』、ノーベル平和賞メダル(いずれもレプリカ)が展示されていました。開会総会には、全国各地から約2200人が参加しました。

 主催者挨拶で、共同実行委員長の金子哲夫さんは、昨年の日本被団協のノーベル平和賞受賞は、核使用が危惧される情勢のなか、被爆者の活動への期待が高まっていることが背景にあると述べ、70年前の第1回原水禁世界大会で確認された、原水爆が禁止されてこそ被害者の真の救済が実現されるとの言葉を引き、あらためてそのことをめざして取り組むことを参加者に呼びかけました。

 来賓の挨拶に続いて、去る7月26日に開催された原水禁世界大会福島大会の報告が行われ、政府の原発回帰のエネルギー政策のなかで、遅々として進まない廃炉作業の実態が覆い隠されていること、生活と健康に多大な被害をもたらした原発の再稼働を許さないためにともにとりくむことを訴えました。

 今年の被爆証言は、日本被団協代表委員で広島県被団協理事長の箕牧智之さんが行いました。箕牧さんは東京生まれですが、父の故郷の広島に疎開しました。当時3歳5か月だった箕牧さんは、父を探すため母に連れられ「入市被爆」しました。戦後、大病を患い、また、貧しさのなか働きながら学ぶなどの苦労を重ねてきたこと。そして、現在に至るまで核廃絶、戦争のない世界の実現に向けとりくまれてきた思いを語りました。

 高校生平和大使からの決意表明の後、谷雅志大会事務局長からの大会基調提案で谷事務局長は、被爆80年、なにより現世代のがんばりこそが問われていることを強調し、核兵器廃絶、被爆者救済、脱原発を実現していくため、原水禁大会を基軸に運動を力強く継続していくと訴えました。

 参加者全員での「原爆許すまじ」の合唱の後、秋葉忠利・代表委員が閉会あいさつを行いました。これまで真摯に核廃絶に向けてとりくまれてきた被爆者の皆さんをはじめとしたすべての人びとへの感謝を述べました。核廃絶の強い意志と勇気を持つことの重要性を確認するとともに、一人ひとりが当事者として、主権者として、行動の第一歩を踏み出すことを呼びかけて、開会総会を終えました。

 翌5日には、午前中に5つの分科会、午後に4つのひろばが開催され、また、「ヒロシマと戦争」をテーマにした大久野島と「中国人強制連行と中国人の被爆」の歴史を刻む安野発電所を訪ねるフィールドワークが行われました。最終日6日には、国際シンポジウムとまとめ集会が開かれました。分科会・国際シンポジウムの詳しい報告は「原水禁」のホームページをご覧ください。